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未生流東重甫

2020年8月のコラム  「華道玄解」 閲覧7

2020年8月のコラム  「華道玄解」 閲覧7

今月は、華道玄解 三才之巻研究資料から「三才和合の總説」を読み進めます。

未生流の花矩の源ともいうべき思想に陰陽五行説と三才説があります。陰陽思想は、紀元前3000年頃成立、五行説は紀元前2000年頃成立と言われています。この陰陽思想と五行説が融合したのが中国周の時代であり、紀元前300年頃ともいわれています。

陰陽五行説が日本に渡来したのは飛鳥時代(592~710年)であり、中国では隋の時代と思われます。

三才説は陰陽思想と同じ古代中国の思想です。

「陰陽」とは物の根元である天と地から発展したもので、陰陽和合で何物も生ずるという思想です。「五行」とは何物も五つの元気とされる木火土金水に分配されるという思想です。「三才」とは天地人の働きのことで、「三材」「三極」「三元」「三儀」ともいいます。

未生流伝書「三才の巻」序説の注釈に次の記述があります。

三才とは天地人の三つの宇宙の根元となる要素を云う。天は万物を創める一切の根元の要素。地は天の気を享けて万物を育てる根元の要素。人は天地の間に生まれて万物の長として道を行うものとする。

また、同じ「三才の巻」の花矩七十二箇条の花道第一の心得には次の記述があります。

当流に於ては剪りたる草木に天地人三才の霊妙を備えて取扱う。故に天性地徳人動三妙の尊きことを知るべきを挿花の道とす。

注釈には、「天の性とは万物を覆う無辺の理法、天の心の意味。地の徳とは万物を養う恩恵。人の動きとは人の働きの意味〉と説明されています。

つまり、三才和合とは陰陽和合から生まれた縦横勾弦の形に天地人の枝を当て、花矩として形に表すことです。

華道玄解本文の「三才和合の總説」(下図)

















華道に於て三才和合の眞理を論ずるに假りに三才の格花を作り、此姿を以て万物和合の道理を示す、

流祖は此三才の花形を作るに禁忌廿八ケ條を定む、是に依って和合の理を教示す、是則ち當流の本旨にして唯花型を作る爲の目的にあらず、挿花の道に倚って人道を示さん為の所以なり、今茲に挿花枝格と人道一家和合との比較を。左の標準を以って示し華道と人道の倶に相通ずる事を述べん。

挿花にて天の部に属する枝格を体と稱し、人の部に属する枝格を用と稱へ、地の部に属する枝格を留と稱す、また人道にて一家族の人をば假りに三段に分ち、夫を天と定め、婦を地と定め、子孫を人と定む、今是れを左の標準に依って示す。

叉此三才一格毎に体用の別ありて各の其の性質と動きとを異にす。

その區別左(下記)の如し。

天 天の体は気体にして、而も動自在の体なり。而してその用は、地と和して日夜に万物を生育す。

地 地の体は、不動形体にして、而も變化自在の体なり。その用は天と和して日夜に万物を産育す。

人 人は天地の兩性を等分に享ける形体にして、而も動体なり。其の用は天地の兩用を扶け万物の交易を爲すを以って用とす。而して挿花枝格の中にて、体に添う小枝は。皆体の用を達すを以って目的とし。ただ体を守る事を全一とす。而して全体は、用留を撫育するを以って本意とす。一家の体即ち夫は。外交を主とし。家業を励む事を以て体とし、用は妻子を育み而して、家を治め國家に盡す事を本意とす。次に挿花枝格の中、留に添う小枝は。皆留の用を達するを以て目的とす。故に唯全部を守る事を全一と す。留全体は其元を守り体用を扶くるを以て本意とす。一家の留は即ち。婦は家に止まり内部の用を主として整理するを以て体とし。其用は夫を扶け子孫を撫育し一家の和合を爲す事を本意とす。次に枝格の中用に添う小枝は。全部用に従い守り。而して用全体は体留を守護する事を以て本意とす。此体用留の三格が各其分を守り。倶に和合して。花形を作る時は其中に自ら。禮儀備り實に美麗なる姿となる故に諸人も此姿を愛す。一家の用即ち子孫は。父母の教へに従ひ家業、學藝、等を練磨するを以って主とし。其の用は相續の後。父母に孝養し而して家運國運の發達の途を圖るを以て本意とす。斯の如く一家の三才。各其分度を守り。正しく相和して。家を治むる時は其家自ら繁栄す。叉是れに反して。一家の中夫の執る可き事業に。妻女が喙を容れ。己が爲すべき内部の整理を怠り。子は父母の教へに従わず夫は、己が職掌たる外部の業務を打捨て、家政の小事に干渉し。妻女のまねを爲し妻子を顧みざれば。其家發達爲す事難し。叉和合を圖るとても、唯徒らに一家の和合を全一と心得。國家の大用を忘れ。父母は子を妄りに愛し。子は父母に戀着して。一家悉く倶に執着念に溺れ。徒らに會合徒食を旨とせば愍むべし其家終には斷絶す。挿花の枝格にしても体の小枝が。用の部分に差出。用の添枝が体留の部分を犯し。留の添枝は体用の部分に差出るなどは。是皆禁*忌にして和合にあらず。花形を作る枝格の區別分明ならざれば。其の花姿美麗ならず。故に三才は物体の和合にあらずして。精神の和合を圖るものなり。されば小にしてに(も)一家を治むるの用具なり、依て斯道に入る人各々其分度に随ひ行ふべき事肝要なり。*

注1:最後の四行近くの*~*は今回図書館での閲覧本には記載がない。

注2:明らかな誤字:最後から2行目「に」を「も」に変更

以上のように三才之巻を締めています。

著された時代における考え方を反映したもので、今の時代にそぐわない言葉かもしれません。しかし、言わんとしている事はわからないでもない気がします。

教えるという事の難しさと心構えはいつの日も変わることはありません。ただ、いけばな界も江戸時代にはそうであったように、いつの世も「欲」という心が働きます。

大切なことを教えるがゆえに、多くの人を集めるために心を配る。これが「欲」に繋がります。華道も茶道も香道も道である以上、その道を説くのが大意でなくてはなりません。荒木白鳳はそんな思いをこの著書に込めていたのではないでしょうか。

次回から「華道玄解」の″體用相應之巻研究資料“に進みます。一度通読してみて、難しいと思うだけでなく何か感じる事が出来れば、大きな収穫です。


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